12月8日に、プロ野球の元監督の野村克也氏の奥様で、タレントでもある野村沙知代さんが死去されたという一報がありました。
タレントとしては「サッチー」の愛称で毒舌キャラで人気のあった野村沙知代さんですが、W不倫、ミッチーサッチーバトル、経歴詐称疑惑、脱税逮捕など、波乱万丈の人生をまとめてご紹介させていただきます。
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野村沙知代さんは12月8日午後の4時9分に都内の病院で死去されたそうです。
死因は正式に発表されていませんが、夫の野村克也氏によると、お昼の食事一口食べた後に意識が無くなり、病院に緊急搬送されたようです。
テレビ出演時には、毒舌でユーモア溢れるトークなどで、楽しませてくれていたので、沙知代さんの死去は本当に個人的に驚いてしまいました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
最初に、野村沙知代さんの簡単な経歴をご紹介させていただきます。
野村沙知代さん波乱万丈経歴
名前:野村沙知代(のむらさちよ)
旧名:伊藤芳枝(いとうよしえ)
生年月日:1932年3月26日
享年:85歳(2017年12月8日没)
出身地:福岡県白河
学歴:東京都荒川区立第二瑞光国民学校修了
職業:タレント
所属事務所:株式会社エフエンタープライズ
1957年(昭和32年)アメリカ軍将校として来日していた東欧ユダヤ系アメリカ人であるアルヴィン・エンゲル氏と結婚し、息子のダンとケニーの2人の男の子を出産する。
1970年(昭和45年)にプロ野球選手兼監督として活躍していた現夫の野村克也氏と東京都内の高級中華レストランで知り合い、1972年(昭和47年)頃には、既婚者だった野村克也と愛人関係になっている。
沙知代さんは当時ご自分も既婚者であったので、W不倫状態でした。
1973年(昭和48年)には、野村克也氏との間に男の子克則さんが誕生する。
1978年(昭和58年)4月に、前妻と離婚が成立した野村克也氏と結婚。ダン、ケニーの二人も野村克也氏の子供となった。
沙知代さんは、野村克也氏と知り合い愛人関係になると、愛人という立場にも関わらず、野村克也氏が監督を務めていた南海ホークスのチーム運営に口を出すなどしたことから、野村克也氏は公私混同を理由に解任されてしまいます。
沙知代さんは、虚言癖があったと実弟の伊東信義暴露されただけあり、自分の思ったことをすぐに行動に移したり、発言したりする性格だったようですね。
野村克也氏は、三冠王も獲得するスター選手なのに、自分のキャリアを沙知代さんが傷つける言動をしても、一緒に居たというのは、沙知代さんが魅力的で本当に惚れていたのですね。
1996年(平成8年)、野村沙知代さんは第41回衆院選に、新進党公認候補として、東京5区・比例東京ブロックから重複立候補したましたが、あえなく落選してしまいます。
選挙後の1999年(平成11年)公職選挙法違反(虚偽事実公表罪)で、計7件の告発が東京地方検察庁にされました。
告発者はミッチーこと浅香光代さんで、サッチーVSミッチーは長い間、お茶の間でも話題になるほどでした。
2001年(平成13年)には、脱税容疑で逮捕されます。
逮捕後「芸能活動は今後しない」と話していたが、2003年(平成15年)1月、『サンデージャポン新春SP』(TBS)で、テレビ出演に復帰しました。
簡単に経歴を見るだけでも、野村沙知代さんの人生が波乱万丈なのは一目瞭然ですね!!
野村克也氏との間に生まれた克則さんを、プロ野球選手に育てるあたりは、母親としても立派な仕事をされてると個人的には思いますね。
前夫の息子ダンとケニーも、野村克也氏の力もあるのでしょうが、プロ野球やスポーツ関連の仕事をされているし、3人の子供を立派に育てられましたね。
次男のケニー野村さんとは、かなり確執があるようですが・・・。
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野村克也氏とのW不倫
野村克也氏は、南海ホークス在籍中に三冠王に輝き、現役時代は野球界のスーパースター選手でした。
野村克也氏と沙知代さんが出会った時は、二人とも既婚者だったため交際が発覚すると、W不倫と世間からは眉をひそめられ話題になったようです。
W不倫でスタートし、野村克也氏の離婚が成立する前の1973年には克則さんを出産するという、大胆な女性だったようです。
周囲からは、プロ野球界のスーパースターである野村克也氏を当時は心配する声も多かったようです。
沙知代さんは、克也氏が監督として所属していた南海ホークスの監督室に、愛人という立場でどんどん出入りしたり、球団の運営面にも口を出すなど、積極的に外交し自分の立場を確立していったようで、強い女性だったようです。
沙知代さんは、克也氏に「私をとるか、野球をとるか」と迫ったというのですから、強い女性は恐ろしいですね!!
野村克也氏は、「伊東沙知代という女性は1人しかいない」と野球ではなく沙知代さんを選んだのですから、完全に沙知代さんの思い通りになったということですね。
W不倫から始まった出会いは、1978年に野村克也氏の離婚が成立したことで、正式に結婚という結末を迎えたのですから、野村沙知代さんの女性としての魅力が完全勝利した感じですね!!
経歴詐称疑惑
野村沙知代さんは1996年の第41回衆院選に、新進党公認候補として立候補しました。
選挙の結果は落選でしたが、選挙後の1999年に選挙公報などに虚偽の経歴を公表していたとして、公職選挙法違反として告発されています。
虚偽とされた内容は、「コロンビア大学留学」、「1972年に野村克也と結婚」などの記載で、告発者は女優・浅香光代さんでした。(サッチーVSミッチー)
当時、検察の捜査員が、現地コロンビア大学で調査したところ、大学の事務当局には当時の留学生の学籍原簿や単位認定記録等自体が残っておらず、経歴詐称の証拠は得られなかったようです。
野村克也氏との婚姻歴については、息子・野村克則の誕生日から逆算し、1972年当時には野村克也と事実婚の状態であったと認定されたのです。
野村沙知代さんは、告発された7件に関してすべて嫌疑不十分で不起訴になりました。
コロンビア大学留学についてはその後、「コロラド大学に留学した。間違えたのは編集部のミス」と答えるなど、真相は闇の中で終わりましたね。
野村沙知代さんは、選挙を全般的に甘く見ていたか感じがしますね。
野村克也氏は、沙知代さんに頭が上がらないのかもしれませんが、選挙への出馬は止めるべきでしたね。
脱税事件
野村沙知代さんは、2001年12月に、約5億6800万円の所得を隠し、法人税と所得税、合計 2億11300万円を脱税したとして、法人税法違反(脱税)などの疑いで東京地検特捜部に逮捕されました。
翌年3月に行われた初公判で、野村沙知代さんは、起訴事実を全面的に認め、懲役2年・執行猶予4年、罰金総頚5300万円の判決が下りました。
野村沙知代さんの脱税事件が発覚した当時、克也氏は阪神の監督をしており、翌年も続投が決まっていたが、この事件の発生を受けて妻の逮捕後に阪神の監督を辞任することになります。
野村克也氏にとっては、大きな事件でありショックだったようですね。
この事件の発覚には、前夫とのあいだの二男ケニー(克彦)が大きな役割を演じていたようです。
母親沙知代さんの逮捕・起訴前にケニーは、本件について母親から自分にかかってきた口止めを求める電話の録音テープなどを捜査当局やマスメディアに提供、これが事件の立件に繋がったということなのです。
沙知代さんは、息子のケニーさんに払ってもいない高額な報酬を計上していたようです。
ケニーさんと母親沙知代さんとの確執は相当だったことがこの事件で浮き彫りなったようです。
ケニーさんは、母親の野村沙知代さんに対して、自身の妻となった女性の息子の野球人生を野村沙知代さんに潰されたことを自著で明らかにしており、このことが、親子絶縁関係になった要因と言われているようです。
まとめ
1999年(平成11年)、共演した舞台における確執に始まる女優・浅香光代とのバトル、批判合戦が、長期に渡ってワイドショーなどで繰り広げられたのは、有名な話で、ミッチーVSサッチーは長きに渡りワイドショーを盛り上げていましたね。
野村沙知代さんは、W不倫という形で野村克也氏と交際をスタートさせて、見事に克也氏の奥様になりました。
選挙後の経歴詐称疑惑や、脱税容疑で逮捕されるなど、本当に波乱万丈な人生を送られてきたなと感じました。
しかし、野村克也氏が現在82歳の歳まで、解説者として頑張っておられるのも、奥様沙知代さんの内助の功があったからだと思います。
女性は旦那さんが先立たれても比較的立ち直りが早いと聞きますが、男性は奥さんに先立たれると、ショックで後を追いたくなるようです。
野村克也さんが、沙知代さんが亡くなられたことによる精神的なダメージで、体調を崩したりされないかが心配です。
最後に、野村沙知代さんの心からご冥福をお祈りします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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