本日、悲しい知らせが入ってきました。
大相撲の元横綱千代の富士の九重親方(本名・秋元貢)が
31日、東京都内の病院で死去しました。61歳でした。
九重親方は2015年名古屋場所を全休し、「膵臓(すいぞう)がん」
の手術を受けていた。その後は職務に復帰していたが、最近は
がんの転移が見つかったとされ、苦しい闘病を続けていた。
小さな大横綱千代の富士も「がん」には勝てなかった。
・小さな大横綱千代の富士の功績と魅力・
1955年(昭30)6月1日、北海道松前郡福島町生まれ。
70年秋場所初土俵。75年秋新入幕。
「入幕してからの千代の富士は、端正なマスクと筋肉質な体で
女性を中心に人気が高かったが、方の脱臼が癖になっていて
けがが多かった。そこで筋肉質な体の肩回りを筋肉トレーニング
と稽古で鍛え、脱臼癖を克服し小さな体ながら横綱にかけあがる!」
1981年秋場所から横綱に昇進した。通算勝利数1045勝。優勝31回。
三賞7回受賞。金星3個と輝かしい功績を残されました。
「現代の大相撲ほど、力士は大型化されていなかったが、その当時、
100キロちょっとの小兵力士の千代の富士が、土俵上でしぶとく粘り
勝つ相撲にファンは魅了されました。けがが多いいことから、横綱に
昇進したの26歳だったが、横綱に昇進した後の体重も120キロ台と
いうことで、「小さな大横綱」と言われた」89年には国民栄誉賞に輝いた。
・有名な現役時代のエピソード!時代は繰り返す・
現役時代の横綱千代の富士も大人気だったが、その少し前は、
現在の貴乃花親方のお父さん大関貴ノ花が同じく小兵力士で
驚異の粘り腰で、大相撲ファンの心を掴んでいた。
大関貴ノ花は、先代の理事長北の海親方や、黄金の左腕と
言われた横綱輪島関と大相撲人気を盛り上げていたが、
3人の関取の中でも、小兵で端正なマスクの大関貴ノ花は、
大きな力士に土俵際まで押しこまれるが、驚異の粘り腰で逆転
する、スリリングな相撲で、観客を一番沸かせる人気者だった。
その大関貴ノ花が引退を決意したのが、同じ小兵力士で力を
つけてきた千代の富士との取り組みで負けたことで、引退を
決意した。
また、小さな大横綱千代の富士は、大関貴ノ花の息子である
横綱貴乃花が、入幕して人気実力とも急上昇してきた平幕力士
の時に対戦し、不思議なことが、貴乃花に敗れた取組後に、
「体力の限界」と言い引退した。不思議な巡り合わせだが、
相撲の歴史をのなかで、記憶に残るエピソードである。
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・まとめ・
「小さな大横綱」千代の富士は、「がん」という病に勝てずに
61歳の若さで死去されました。自分よりも大きな力士を相手に
勝ち続けた横綱が、亡くなってしまったのは本当に残念です。
心からご冥福をお祈りいたします。
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